THE FOOL 【愚者】

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どうしたの、こんな時間に、と彼は言う。 「……うん…ちょっと」 「いつものナギじゃないみたいだよ。……そういえば、かなり時間空いたね。久し振りに声を聞くな」 言葉が出なかった。 シュウの声が聞きたかった。 たったそれだけなのに。 それだけが、言えない。 鼻の奥が、痛かった。 「………泣いてるの、ナギ」 あっ、ほんとだ。 あたし、泣いてる。 気がつかなかった。 何かあった?と、シュウは聞いてきた。 「……………」 あたしは沈黙する。 喉まで、何かが出かかっているのに。 「……あたし」 あたしね、と、もう一度言う。 シュウは、うん、と相づちをうってくれた。 「……ふられちゃった」 「…………」 しばらく黙っていたシュウは、そか、と短く言った。 自分の頬が、涙で濡れて痛かった。 そのまま、流れていく涙。 止まらない、止まらない…… 自分の中の感情。 こんなこと、初めてだった。 「…ナギ」 あたしは震える声で、うん、と答えた。 「空が綺麗だ」 ほんとだ、とあたしは言った。 流れる涙をそのままにして、また空を見上げた。 丁度、飛行機雲が、あたしの視界に細く白い雲を作っていく。 シュウは、ナギって、バカだなぁ、と柔らかく言った。 でも、と彼は言う。 「バカな奴、俺好きだよ」 ありがとう、と返すあたし。 泣いてるあたしを横目で見ながら、過ぎていく人達。 胸の痛みが、少しだけ和らいだ。 シュウの声を聴きながら、このまま…… 眠りたい、そう思った。 涙は落ちて、コンクリの上に小さい水溜まりを作る。 ぼんやりと、シュウがいてよかった、と思った。 キイィン…と また飛行機の音がした。 もう空は見なかった。 そのまま、あたしは歩き出した。 コツコツと、ローファーの音が、街に響く。 駅に向かうその道を、あたしは歩く。 たった一人で。 シュウが、今度、どこか行こうか、と言うのを、あたしは何となく聞いていた。 それから、駅のホームへと、入っていった。
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