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幕末――…
動乱の世――…‥
京という大舞台を中心に――…‥
時代は揺れに揺れていた――…‥
近頃では毎日のように争い事が起こっている。
平穏…という言葉すらも忘れてしまったかのように、この町は夜も昼も、赤い血の花を咲かせるのだ。
この日もいつもと変わらない。
皆、それを頭の何処かで解っている。
「刀を抜け!!」
“肩がぶつかった”と言って二人の男が騒ぎだし、仲間が駆けつけ遂には抜刀する始末。
店の前で暴れられて店主もおろおろしている。
元は些細な事だった筈なのに時世の流れなのか、どうも血気盛んな若者が増えている。
皆も慣れてしまったのか、最早止めに入る者などいない。
刀を抜き、向かい合った数人の男が互いに切り掛かろうとしている。
こうしてまた無用な血が流れる。
……筈だったが、今日だけはいつもと違っていた。
「すみません。其処、通して下さい」
一人の少年が、刀を構えた屈強な男達の前を歩いていった…。
「へぇ、此処が京都か…」
周囲の喫驚を気にするでもなく、呑気に呟いている。
年の頃は十五、六だろうか。
長く美しい髪を高い位置で無造作に束ねている。
強気でいるが、どう見ても剣の達人という風には見えず、腰の大刀もどこか迫力に欠ける。
細身で如何にも弱々し少年…。少なくとも男達にはそう見えた筈だ。
「おい餓鬼!!嘗めたまねしやがって!!」
「死にてぇらしいな!!」
こんな子どもに馬鹿にされて黙っている訳にはいかない。
彼等にも自尊心の欠片くらいある。
それが傷つけられたかのように、男達の顔は怒りで真っ赤になっていた。
そして、その怒りに任せて勢いよく刀を振り下ろし、少年の首を刎ねようとした。
周りの者は息を呑む、当然少年が斬られたと思った。
「危ないですね…」
少年は気だるそうに刀を鞘で受け止めている。
すると、そのまま刀を抜いて男達を振り払い、走りだした。
「此処では皆の迷惑になります。どうしても私を殺さねば気が済まぬと言うのなら、ついて来なさい」
「あの餓鬼ぃ!!」
「待ちやがれ!!」
男達はたった一人の少年を撃ち取るべく、血相を変えて追いかけていく。
「間抜けな奴らだ…」
突然現れた奇妙な少年と男達の遣り取り、その様子を一部始終見ている者がいた。
壬生浪士組の鬼副長、土方歳三である。
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