――始まりの風――

2/7
前へ
/114ページ
次へ
幕末――… 動乱の世――…‥ 京という大舞台を中心に――…‥ 時代は揺れに揺れていた――…‥ 近頃では毎日のように争い事が起こっている。 平穏…という言葉すらも忘れてしまったかのように、この町は夜も昼も、赤い血の花を咲かせるのだ。 この日もいつもと変わらない。 皆、それを頭の何処かで解っている。 「刀を抜け!!」 “肩がぶつかった”と言って二人の男が騒ぎだし、仲間が駆けつけ遂には抜刀する始末。 店の前で暴れられて店主もおろおろしている。 元は些細な事だった筈なのに時世の流れなのか、どうも血気盛んな若者が増えている。 皆も慣れてしまったのか、最早止めに入る者などいない。 刀を抜き、向かい合った数人の男が互いに切り掛かろうとしている。 こうしてまた無用な血が流れる。 ……筈だったが、今日だけはいつもと違っていた。 「すみません。其処、通して下さい」 一人の少年が、刀を構えた屈強な男達の前を歩いていった…。 「へぇ、此処が京都か…」 周囲の喫驚を気にするでもなく、呑気に呟いている。 年の頃は十五、六だろうか。 長く美しい髪を高い位置で無造作に束ねている。 強気でいるが、どう見ても剣の達人という風には見えず、腰の大刀もどこか迫力に欠ける。 細身で如何にも弱々し少年…。少なくとも男達にはそう見えた筈だ。 「おい餓鬼!!嘗めたまねしやがって!!」 「死にてぇらしいな!!」 こんな子どもに馬鹿にされて黙っている訳にはいかない。 彼等にも自尊心の欠片くらいある。 それが傷つけられたかのように、男達の顔は怒りで真っ赤になっていた。 そして、その怒りに任せて勢いよく刀を振り下ろし、少年の首を刎ねようとした。 周りの者は息を呑む、当然少年が斬られたと思った。 「危ないですね…」 少年は気だるそうに刀を鞘で受け止めている。 すると、そのまま刀を抜いて男達を振り払い、走りだした。 「此処では皆の迷惑になります。どうしても私を殺さねば気が済まぬと言うのなら、ついて来なさい」 「あの餓鬼ぃ!!」 「待ちやがれ!!」 男達はたった一人の少年を撃ち取るべく、血相を変えて追いかけていく。 「間抜けな奴らだ…」 突然現れた奇妙な少年と男達の遣り取り、その様子を一部始終見ている者がいた。 壬生浪士組の鬼副長、土方歳三である。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1558人が本棚に入れています
本棚に追加