僕が君に、君が僕に渡せたモノ

5/15
前へ
/15ページ
次へ
そんな彼女と初めて話したのは、僕が彼女を初めて見てから1週間ほど経ったある日のことでした。 母が検査中で暇だった僕は本を読んでいました。 部屋には僕と彼女の2人しかいませんでしたが、話しかける勇気が僕にはなかったのです。 「…何を読んでいるのですか?」 読み始めてすぐのことでした。 彼女が話しかけてきたのです。 僕は内心喜びながらも、彼女の質問に答えました。 「ただのライトノベルだけど…読む?」 僕がそう言って本を彼女に差し出すと、彼女は少し嬉しそうに受け取ってパラパラと読み始めました。 それからしばらく、僕は彼女が本を読んでいるのを眺めていました。 病室の中で、白く細いその手がページをめくる様はとても綺麗で、とても悲しくて、僕は彼女に見入ってしまい時間が過ぎるのを忘れていました。 パタン、といきなり彼女は本を閉じ僕がしたように本を差し出しました。 「ありがとうございます」 笑顔で、感謝の言葉を添えて。 「え…もういいの?」 僕は思わず聞き返してしまいました。 僕が見た限りでは彼女は10ページ程しか読んでいません。 彼女は僕の問いに、はい、と答えるだけで理由を言ってはくれません。 何度か聞いてみましたが、結局その日はそれ以上進展はなく、別れる時も軽い会釈を交わしただけでした。 それでも、それからは少しずつ彼女と話をするようになりました。 母が検査の時だけでしたが、会話の回数は日に日に増えていったのです。 趣味や日常の出来事などとにかくいろいろなことを話しました。 ただ、ある時から気になり始めたことがあるのです。 それは彼女の家族のことでした。 彼女の言葉の中に家族の話が一度も出てこないので、思いきって聞いてみたこともありました。 しかし彼女は答えませんでした。 僕はそれ以上彼女に聞くことが出来ず、そのまま月日が過ぎていきました。 僕は毎日のように病院に行っていましたが、一度も彼女の家族が見舞いに来ることはありませんでした。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加