健二とケンメリ

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『おい、健二今日はもうそろそろいいぞ』 『いや、これだけ終わらせてきますわ』と青年は車の下から油で汚れた顔を覗かせながら先輩の勇司に答えてまた作業を始めた。 ここはS市の町外れにある従業員5人程の小さな車の修理工場。健二はここで16の時から働き20歳となった今では2歳年上の勇司の腕を追い越す程の整備士として成長していた。 『じゃ健二後は頼んだぞ』 『お疲れ様です』 健二は車の下から顔を出すこともなく手を動かしながら返事をした。 健二は背が高く体格も少し良く今時には珍しくスポーツ刈りで見た目はちょっと怖い感じがするが工場の近所の人達には明るく挨拶するので評判もよく仕事も熱心で工場長始め職場仲間からの信頼も厚かった。ただ車にさわっている時は熱心さのあまりか無口でぶっきらぼうになる以外は…。 修理工場の片隅にぽつんと置かれた一台の真紅に塗られた車、もう30年は経とうかと思われる年老いた車だが隅から隅まで手を加えられ現役時代以上のコンディションで今にも走りだしそうなオーラを漂わせていた。 「スカイライン2000GT」 通称「ケンメリ」こいつを甦らせたのがこの車より若い「健二」この男だった。 (もうこんな時間か…)ようやく修理の目通しがついたのか車の下から出てきた健二の見る先の時計は9時を指している。 『さて帰るか…』 ぽつりと呟くとそそくさと帰り支度を始めた。その手は洗えども油が染み込んでお世辞にも綺麗とは言えず、帰り支度といってもツナギを脱いでTシャツとジーンズに着替えるだけの簡単なものだった。 『さぁ帰るぞ』 ポンとケンメリの屋根を叩くと健二は狭いバケットシートに座り込んでエンジンキーをひねった。 キュルルルッ…ヴォン。 野太い排気音を残して健二は修理工場を後にした。
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