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そして彼は笑った。
笑い声を録音したカセットテープを延々繰り返し再生しているラジオカセットのようだった。
私は何の冗句も言ってはいないのに、大声で笑って笑って笑うものだから、いずれ顎が外れやしないかと危惧したが、そう思ったとたんに彼は笑いをぴたりと止めて無表情になった。
どうやら、ラジオカセットの電池が切れたようだ。
嘘だ。
彼の凛々しく低い声が、私の鼓膜を震わせた。
嘘ではない。
と、私は声に出して伝えられなかった。
言えば私は情けない表情をさらけ出すのは必然だったからだ。
私が上手な嘘をつけるならば、今ごろ私は笑っている。
彼はまた笑いはじめた。
顔を隠すように手で覆って、乾いた笑い声を漏らしていた。
ふ、ふ、ふ。
嗚咽のような笑いは、やがて本当のそれに変わっていた。
私は彼の頬を伝う涙を認める。
嘘だろ。
私が好きな彼の声は震えて歪んでいた。
嘘ではない。
と、やはり私は伝えられなかった。
私が、私の今の状況を、状態を真実だと受け入れていないのに、どうして嘘ではないとえらそうに言えようか。
嫌だ、と彼は言ったきり、ベッドに横たわる私の胸にうずまり涙と鼻水を流し続けた。
私だって死ぬのは嫌だ。と、やはり私は伝えられなかった。
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