記憶

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甘くたなびく煙。鼻をつく煙。 女物みたいで毒のような匂いがしてた。 あの人は煙を吐き出しながら、私を抱きしめた。 すがりつくまで惚れたあの子は、似合わない背伸びした匂いをさせていた。 痩せた腕をもてあますように歩いてた。 私を見透かすような目が気に入らなかったけど、骨張った肩から垂れる長い腕がたまらなく好きだった。 いつも私より早く起きてたあいつ。 見たこともない煙草を吸っていた。 一度だけ名前を教わったけど、もう覚えていない。 最後まで私を笑っていた奴。 匂いを消すように、いつも私の煙草を吸っていた。 ハチミツみたいなフィルターとアジアにぶっとぶ煙の筋。 燃える音。 ブランケットに潜り込んで電話をするのが好きだった。 唇の右端をつりあげて笑う顔を忘れたい。 香水と煙の混ざった絶妙の匂いをしたあのヒト。 あのヒトの胸は薄くて、冷たくて、心臓がないみたいだった。 もう顔も思い出せないけど、あの絶妙な匂いは風が吹けば流れてくる。 本当は煙草を吸う女が嫌いだった、大きな背中をしたあのコ。 私は涙でぐしょぐしょになって、好きだった煙草も嫌いになった。 どこにいても見つけられると思ってたのに、あの子の匂いを忘れちゃって、私には煙だけが残った。 私から逃げ出すように消えたあの男。 あの男、煙を嫌ってたし、匂いもまとっていなかったから、何も覚えていない。 確か、座り方が好きだったんだと思う。
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