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「何故、誰も居ないのでしょう」
――そういえば、と芭蕉も気が付き、眉間の谷を更に深くさせる。
おかしい。酒の香がこれ程充満しているのに、何故人間が居ない? そして、何故この様な素晴らしい地に、誰も踏み込まないのだ? 芭蕉はそのような違和感を抱き始めた。
しかし、二人の鼻を掠める香しい酒は、人間など気にしないように、やがて直接鼻孔に注がれている程に強まっていった。
これでは、ほろ酔いで済みはしない。芭蕉と曾良は思考を巡らしていたかったが、一旦、体を地面へ預けてしまいたくなった。
しかし、此処で寝れば、何と無く、永眠してしまいそうだと、踏ん張る頭が必死に告げている。
自分自身の脳髄が発した物だが、そんな物騒なお告げを聞かぬ訳にはいかない。芭蕉は千鳥足でこの地から離れようと――した。無理だった。
芭蕉は二、三歩ふら付いた後、水を跳ねさせて川へうつ伏せに倒れる。
曾良は川辺にある岩へ背を預けて座り落ち、深い眠りについていったのであった。
空は快晴。麗らかな日射を、二人へ届けている。
――この地域に人が居ないのなら、芭蕉と曾良が助かる事は、なかっただろう。
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