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時刻は酉の下刻(現代の午後八時位)。芭蕉は尻に火が付いた様に起き上がった。
下腹部から爪先にかけて、なにやら軽い圧力を感じる。空は何故か茶色くて、体に風が当たらない不思議な感覚が。
芭蕉は、自分が小屋にて寝ていたという事が分かった。茣蓙が腰辺りに被せられていることにも、今気が付いた。
直ぐ近く、黒目をちょいと左へやるだけで、まだ眠っている曾良の姿が見える。
「おや、起きましたか」
芭蕉は右から来た声に一瞬目を丸くさせたが、声の主を見て、曲者に攫われたのではないかという疑いを捨てられた。
遊び人さながらに道着を着崩す彼は、芭蕉の弟子の中でも優れた十人、『蕉門十哲』の一人、宝井基角(たからいきかく)であった。
派手な句を好み大の酒好きな基角は、やはり両手に酒の匂いのする竹筒を持っていた。
まだ眠っている眼を無理矢理開こうとせず、芭蕉は緩やかに声を掛ける。
「おお、基角じゃないか。どうした、こんな所で」
基角は芭蕉の前へ座り、竹筒を置きながら返す。
「いやね、まあ、俺は前から親父と此処に住んでいるんですよ」
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