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そして雫は、地から湧いて出てきた太鼓へ落ち壮大な音を奏でる。
嵐は芭蕉の体に痣を付ける様な、骨を折らんとばかりに降り注いだ。
――しかし。
遥か先
粉雪舞い降る 江戸の道
今芭蕉の目には、雪を楽しむ江戸の子供の姿が映っている。
この様な荒れ狂った醜い景色より、慣れ親しんだ日常の方がなんと美しいことか。無様ここに窮まる。風情を一点へ集めるなんて。季節を他から、奪い取るなんて。
九尾の狐の目には、透明な涙が浮き始めてきた。『流石妖怪、醜く荒っぽい』と、虫如きに最低の侮辱を受け、心が折れてしまいそうなのだ。
いや、心が折れてしまうより先に、九尾の狐はこの仕業を止めてしまいたくなった。折角親愛なるあの方の為に行なっていた事は、実は大きな御世話、いや、そんなものではないのかも知れない。
《あの方》はもしかして、この様な事は望んでいないのか?
九尾の狐の心は、既に打ち砕かれてしまった。自然と雨は静まり、鼓を叩く音は休まる。
宙に浮く琴も、手に持っていた刀を今はなくなっている。
九尾の狐は、溢れる涙を止めなかった。
妖怪は、びしょ濡れだった。
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