第二節 ~九尾の狐~

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「おい! ちょっと待て!」  芭蕉が叫んでも、九尾の狐は止まらずに消え入っていった。空へ向かい、何かすっきりとした表情で昇っていく。  芭蕉は先程まで川の在った窪みで、先程基角が飛び込んだ、何も無い窪みの上でひたすらに叫び続ける。  しかし九尾の狐は、戻ってはこなかった。  嗚呼、と芭蕉は憂いを嘆く。霧雨に光るこの虹を、一緒に見たかったのにと心寂しく思った。 『御元気で』  それが、妖怪の最後の言葉だった。人間が「和歌を詠ってくれよ」と頼んでも、妖怪は頑なに否定し、そう言い終わると消えていった。  儚さで作り上げられた様な淡い虹が、山より低いところで浮かんでいる。  朝靄の様な、春の曙に見られるこの光景が、全国へ溶け出す様な雰囲気を、芭蕉は見た。  小さな雫が世界に舞い、ほととぎすが鳴き、桜が咲く。何処からか、御淑やかな琴の音がした。  色彩豊かな【春】に芽生える、この季節に相応しい、何とも妖しく、微笑ましい音色だった。     手前虹   虫に混じりて 光追う  手前の琴、中々じゃねえか。綺麗で上品が、やっぱり春には合う。また次の季節にでも、常識外れの轟音を、聴かせてくれよ。暴れた音楽っていうのも――嫌いじゃない。  芭蕉は虹に向けて、その句を詠んだ。               虹が、静かに笑った気がした。             【春】――了――
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