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「今度は夏の途切れぬ地か」
翌日。芭蕉はある山の麓にて、古びた看板の泥を叩きながら呟いた。
「何だか、化け物の住み着いていそうな山ですね」
曾良が山頂を見詰めて言う。
それに対し芭蕉は、狡猾に笑ってから「『天狗山』だと」と応えた。
看板には、掠れてしまっているが、確かにそう書いてあった。
うむ、と芭蕉は過去を振り返る様に喉を鳴らす。子供の頃、御伽噺でその様な話があったな、と。
そう。この伊賀国は芭蕉の故郷の地である。人を取って喰う化け物がいる山の話は、懐かしい匂いのする思い出でもあった。
曾良が言う。
「では芭蕉さん、早速行きますか」
曾良の右手には、基角の持っていた風呂敷が一つ握られていた。基角が滝へ宴の為持って行った、重箱の入った風呂敷である。
川原へ置かれていたこれには、事実基角はこれを使う必要は無かったのに豪勢な食べ物が入れられてある。
芭蕉に「見せてくれ」と頼まれた場合や、用心して本物を持ってきたと幾らでも解釈できるが、きっとこれは、基角の本意が隠されているであろう。
芭蕉の右手には、その風呂敷が置いてあった傍に添えられていた、酒の入った竹が握られている。
芭蕉と曾良は【夏】を取り戻しに、天狗山へと登っていったのであった。
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