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暑い。蒸し蒸しする。汗が止まらない。
――そのような【夏】は、皆目見当たらなかった。
涼しい。心地よい。歓喜が止まらない。
芭蕉と曾良は、気付かぬ内に【夏の夜】へと潜り込んでいった。周りを木々に囲まれ、自らの肉体で愛の歌を響かせる虫に出会い、月光の美しい眼光を浴びて歩く。
奥へ這入れば這入るほど、上へ登れば登るほど、【夏】は様々な風情を繰り出してくる。
芭蕉と曾良の心は、久し振りの夏に感動で埋め尽くされていた。季節を取り戻すという目的さえ忘れている。風呂敷を解いて一杯やりたくもなった。
夏の夜。なんと美しいのだろうか。
蚊に刺され、笑い合って引っ掻くのもまた一興。
まるで自分の魅力を、含蓄を静かに傾ける様に披露していく夏の山。
芭蕉はとうとう歩みを止め、曾良へ切り出した。
「少し、酒と肴を出してくれ」
芭蕉が大きな岩へ腰掛けると、曾良も満更ではない様子で、隣の岩へ座って風呂敷を広げた。重箱を開け、色とりどりの食材をつまむ。竹を傾け、力の湧いてくる美酒を呑み込む。
芭蕉と曾良は、鈴虫達と笑いながら軽い宴を楽しんでいった。
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