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幾つもの虫の中に入り込んだ【妖怪】の両手には、黒く小さい何かが握られていた。
黒く、月光に当たっても決して照らされない不可思議な物――形状は、苦無(くない)の様だった。
今度は狡猾に笑い上げ、【妖怪】は蛍を斬る。虫を斬り刻む。光を斬り砕く。
舞い躍りながら蛍へ刃を当てる【妖怪】は、何故か、【ある音】を纏っていた。
虫の泣く音――野鳥の泣く音――木々が泣き叫ぶ音。
細く高い音域から太く低い音域までを華麗に響かせるそれは、美しい笛の音だった。
耳を澄ませ、眼をよく研げば音源が分かる。
蛍が【妖怪】に斬られた時――笛の泣き声が生まれるのだ。
光が斬られ、斬られ、斬られ。一刀両断された蛍の死骸が、他の蛍の光で照らされて。
笛の音は途切れない。生きる蛍は、数匹もいなくとも。舞う光は無くならない。笛の悲鳴は、これから五百年間続いていく。
蛍を斬って音を生み、光に当たって光を斬る。
天狗は、自身の体が壊れ始めても舞い狂い続けた。
昔々の、【事】であった。
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