【プロローグ その日が始まる】

10/51
前へ
/220ページ
次へ
目の前の生き物は涼しげな顔で瓶に寄りかかっていた。 「今はまだ俺の近くにいるから襲われないが、そこから五~六歩でも下がってみろ。確実にお前の心臓なんか潰れたトマトだぞ」 「……っく」 俺の額から汗が流れ落ちた。 コイツの言ってることが本当かどうかはわからないが、少なくとも鏡に映る化け物は俺をを直視していたのは間違いない。 ムカデのような口をした一匹からヨダレが垂れた。 試しに後ろに下がると、ムカデが動いた。足をもどすと、ムカデも戻った。 もしかしたら、本当に死ぬかもしれないと思った。 「ど、どうすればいんだよ」 俺は何か助かる術を知ってる風に笑う生き物に、仕方なく聞いた。 するとコイツは、 「簡単なことさ。俺をここから出して、お前と契約すればいい」 「契約だと?」 「そうだ。世の中何をするにも約束、条件、その他諸々と安心と信頼の二つが必要だろ。今なら初契約ってことで、お前の願いを五つまで叶えてやる」 「なんだそりゃ?」 「そんなの決まってるだろ。せっかく自由になれるかもしれないってのに、何のお返しもしないほど図々しくないぞ。それに俺は、気前がいいんだよ」 俺は少し考えた。 「なんでもか?」 「ああ、なんでもいいぞ。金が欲しい、女が欲しい、地位が欲しい、権力が欲しい、アイツを殺したい。俺が叶えられる程度なら何でも叶えてやる。まあ俺は大抵のことなら何でも叶えられるからな」 どうも信じられない。こんなちっこい奴に、そんなことが出来るとはとても思えてこない。 しかし今の状況で俺には考える時間も選択肢もなかった。後ろの化け物どもが、いつ痺れを切らして飛び掛かってくるかわからねえ。 先輩が来れば何とかなりそうだが、残念ながら先輩は一度寝たら中々起きないという悪い癖があり、助けを待っても助けに来る確率は絶望的だ。 自分で何とかしようにも、この化け物どもは俺一人でどうにか出来そうにない。 となると残った手段は、やはりコイツの言う通り契約するしかないということだ。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

775人が本棚に入れています
本棚に追加