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(せめて……ここ、から……)
最後の力と気力を振り絞って見えない出口に向かって手を伸ばすが、俺の意識は安らかな暗い世界に吸い込まれるように落ちた。
静かだ。
さっきまで夢中で鎌を振り回していたとは思えないほど、心が落ち着いている。
疲れが夏場のアイスが溶けて消えていく。体が軽くなっていく感じがした。
なんて心地がいいんだここは。そう思っていたが、遥か前方から何かが近づいてくるのが見えた。
一応視力は1.0あったが、それでもよく見えない。
だが、音のようなものが聞こえた。ゴゴゴゴゴというとてつもなく重そうな音が。
その音は近づくにつれて大きくなり、ようやく音の正体がわかった。
水だ! それも大量の!
物凄いビッグウェーブだ。テレビや海で見た津波なんか比べ物にならないほど、ドデカい大波だ。
俺は逃げようとしたが、どういうわけか体が全く動かなかった。
俺は焦った。だが体はピクリとも動いてはくれず、その場に間にも津波はどんどん近づいてくる。
そして、
バシャ。
「うわあ」
顔に水の冷たさと感触が伝わり、ようやく体が動き、起き上がる。
顔は濡れていた。着ていた服もびっしょりだ。だがそれは津波で濡れたものじゃなかった。
俺はどういうわけか、川の端っこで露天風呂のように水の中に浸かっていた。
よく見るとそこは、洞窟のすぐ近くじゃないか。その証拠に、洗濯物が置いたままになっていた。
「よう、起きたか?」
誰かが俺に話しかけてきた。声のした方に顔を向けた。向けたと言っても目の前だ。
そこには知らない男の子が近くで肘をついてしゃがんでいた。
この町内じゃ見かけない珍しい赤い瞳に、イタズラ好きそうな整った顔で上顎に一本だけ長い犬歯が口端から顔を出し、油っ気のありまくるぼっさぼさの長い黒髪に、着ている服はどれもぶかぶかだ。
ガキは何故かニヤニヤしている。
「誰だ、お前?」
俺は少し警戒しながら尋ねた。
先輩の知り合いにこんな知り合いはいない。弟や従兄弟がいたら先輩が教えないはずがない。それに全然似てねえ。
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