【プロローグ その日が始まる】

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空の色。特に朝の空の色は海とはまた違った薄く淡い青色をしている。 ちらほらと雲が散りばめられたのも良いが、邪魔な白がない青一色だけの空もたまには良い。 俺はガキの頃、新聞の間にいつも挟まっている広告チラシを何枚も持って鉄砲玉のように外へ飛び出し、公園のベンチに座って真っ白なチラシの裏に空の絵を描いていた。 水色と白の二色のクレヨンだけだが、空を描くだけなら不便はなかった。 いつもいつも決まって青、どこまでいっても変わらない青、そんなものを毎日絵にしながら時は流れ、中学になる頃には絵を描くことはなくなった。 別に飽きたとかつまらなくなったとか、そんなんじゃない。ただなんとなく、というのが一番の理由かもしれない。 高校に上がってからは、もう空を描くどころか見る回数すらぐっと減った。ガキの頃は一日中空を見上げてた気がするが、今じゃ一日二~三回、それも五秒程度見上げれば十分に思える。 「変わっちまうんだな、人間ってのは」 子供心に、空という大きなキャンバスに雲のような自由な絵を描いてみたいと夢を持っていたが、結局それは夢で終わった。 実際はバイトで貯めた金で取得した免許証を財布に入れ、ゴミ捨て場から拾って直したボロボロの原チャリに股がり、高校の先輩の世話をしている。 両親は旅行先で事故にあい、仲良くあの世逝き。 残った家を貰えたのはいいが、親戚や友人知人との付き合いは正直面倒で、葬式やらなにやらは面倒の一言しかなかった。 なにより、一人暮らしとなった俺にとってこの家は、広すぎて部屋も多すぎる。 「といっても、それは最初だけだ。今となっては気楽でいいけどな」 絵を描き始めたのも親たちがいなくなってからだ。 今考えるとあの頃の俺は、周りの雑音のような声や、親たちが死んだという現実から逃げるために描いていたのかもしれない。
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