序章 -呼吸の音-

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 ハッ……ハッ……      どんな不安でも吹き飛んでしまうくらいに真っ青な空。でも遠くのほうがオレンジ色に染まりつつあるのがわかる。      ハッ……ハッ……      鳥の鳴き声すら聞こえない静寂の中。    僕と君を伸せた自転車だけが、この世界で動く事を許されているのではないだろうか?    そんな事を考えてしまうほどに辺りは静かで、だから、君の呼吸の音とか鼓動の音とか……。    時折響く自転車の車輪の金切り音とか、僕自身の呼吸の音とか鼓動の音とか……。    そういうのが、すごくすごく大きく聞こえるんだ。      ハッ……ハッ……      吐く息も白くなるような寒空の下。    この寒さは、これが夢じゃないんだって、現実なんだって、覚めやしないんだって、そう僕に突き付けているんじゃないか?    そんなことを考えてしまうほど辺りは寒くて、だから、君が僕の服を掴んだ手の温度とか寄りかかる肩の温もりとか……。    金属のブレーキの冷たさとか、ハンドルの温度とか君の肩の温もりとか……。    そういうのを、すごくすごく鮮明に感じることができるんだ。      ハッ……ハッ……      ハッ……ハッ……    漕ぐ足に力が入らない。    どうしてペダルを漕がないと自転車は動かないんだろう。    どうして車輪はキィキィと音を立てるのだろう。    僕はどうして自転車に乗っているんだろう。    君を乗せているんだろう。      僕は……君を……
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