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【序】
月が満ちていた。
暗い闇に沈む夜の平安京に淡い光を落としている。
今夜は松明(たいまつ)が不必要なほど明るい。
人通りも絶え静まり返った都の大通り、朱雀大路にうごめく陰があった。
それは木々の影のようであり、人間の髪のようでもあった。
地面の上で蛇のようにうねり、行く宛を見失ったかのようにひとところに留まっている。
その陰の上に、月光を背にした人影が重なった。
「ははッ、無様だな」
うごめく陰の前に立った青年はそれを見下ろしながら嘲笑した。
縹(はなだ)色の狩衣(かりぎぬ)が淡い光を受けて、闇夜に浮かび上がる。
「朽ち果てたものの行く末か」
陰は答えるように、動きを弱めた。
「良いことを教えてやろうか?」
睦言(むつごと)のようにそっと囁く口元には、うっすら笑みが浮かんでいる。
陰に眼があるならば、男をじっと見上げていることだろう。
月明かりが現陰陽頭と瓜二つの顔を照らし出していた。
※縹色…紺色に近い色
※睦言…甘い言葉
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