【第三章】 左近衛少曹、後神に引かるる語

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【序】 月が満ちていた。 暗い闇に沈む夜の平安京に淡い光を落としている。 今夜は松明(たいまつ)が不必要なほど明るい。 人通りも絶え静まり返った都の大通り、朱雀大路にうごめく陰があった。 それは木々の影のようであり、人間の髪のようでもあった。 地面の上で蛇のようにうねり、行く宛を見失ったかのようにひとところに留まっている。 その陰の上に、月光を背にした人影が重なった。 「ははッ、無様だな」 うごめく陰の前に立った青年はそれを見下ろしながら嘲笑した。 縹(はなだ)色の狩衣(かりぎぬ)が淡い光を受けて、闇夜に浮かび上がる。 「朽ち果てたものの行く末か」 陰は答えるように、動きを弱めた。 「良いことを教えてやろうか?」 睦言(むつごと)のようにそっと囁く口元には、うっすら笑みが浮かんでいる。 陰に眼があるならば、男をじっと見上げていることだろう。 月明かりが現陰陽頭と瓜二つの顔を照らし出していた。 ※縹色…紺色に近い色 ※睦言…甘い言葉
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