【第三章】 左近衛少曹、後神に引かるる語

3/16
4603人が本棚に入れています
本棚に追加
/1453ページ
【壱】 「夜半過ぎに、その男が供の者をつれずに歩いておった時よ」 蒸し暑い空気が立ち込めている内裏の片隅に、数人の公達らが固まっていた。 その内の一人がひそひそと声を潜めて話すのを、他の者が身を乗り出して聴き入っている。 「『もし、そこの御仁』と背後から肩を叩く者がいる。それも女の声よ。不思議に思った男が『はい』と答えて振り返ると……」 一同がごくりと息を飲み、話し手の公達を凝視する。話の主はもったいぶるように皆の顔を見渡した。 「気がつけば、男の首はすっぱり切り落とされておったのだと」 肩を寄せ合った公達らが小さく悲鳴をあげ、身震いをした。 その時、白い影が目の端を横切り、公達らは小さく跳び上がった。 「お、おお……!これは安倍殿!」 折よく通り掛かったのは、陰陽頭(おんみょうのかみ)・安倍吉昌(あべのよしまさ)であった。 一条天皇との謁見を済ませてきたところだ。 綺麗な顔立ちに白い狩衣がよく映えている。 「此度の怪奇、お聞きになられましたか?」 公達のひとりがつい今しがた話していた怪談をかい摘まんで吉昌に話した。 皆、答えを待つように期待をこめた眼差しを吉昌に向けている。 陰陽師である吉昌はその役職と無愛想な性格もあって、内裏では畏怖の対象であった。 それと同時に憧れ、興味を向けられることも多い。 「安倍殿はいかが思われますか?これは妖(あやかし)の仕業なのでしょうか?」 「…………」 公達たちの興奮とは裏腹に、吉昌はふうっとため息をつき、答えた。 「今の時点では判断しかねます」 「だが、しかし、瞬時に首を切り落とすなど人間技とは思えませぬ……!」 話を持ち掛けた公達が不満げに声をあげる。 「……ひとつ申せることがあるとすれば、無闇に怪談話をされないことです。寄って参りますぞ」 吉昌がいたって興味なさそうに言った。 「よ、寄って参るとは……?」 公達たちが早くも後悔しながら、目を白黒させる。 「魑魅魍魎(ちみもうりょう)です。あの者らは人間の恐怖心も好物です故」 公達らは恐怖に声をつまらせ、震えながら辺りを落ち着きなく見回した。 そうして気がついた時には、吉昌は軽く会釈をして去っていく所だった。
/1453ページ

最初のコメントを投稿しよう!