【第四章】 絵巻の乙女、男を惑わする語

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【序】 夢に現れる母はいつも哀しい瞳をしていた。 「ごめんなさい」 涙を必死に堪(こら)えながら、そっと小さな童子を抱き寄せる。 「あなたに辛い思いをさせて」 「辛くなどありません」 童子は三歳ほどであろうか。 年の割にはしっかりした口調で答える。 母親ゆずりの白い肌に理知的な深い色合いの眼。 幼い顔にはすでに何かを悟ったような落ち着きがある。 「されど、あなたは女子(おなご)だというのに……」 母親が辛そうに言葉を濁した。 「?わたしは元より男子(おのこ)です」 童子は不思議そうに母を見上げる。 母は一層哀しそうに表情を曇らせ、童子を抱きしめる手に更に力を込めた。 「ああ、可哀相な子」 涙がぽつぽつと童子の上に落ちる。 「あなたは普通の女が得るべき幸福を手にすることができないのです。守られることも、愛を交わすことさえも……!」 母が何故自分を不幸だと思うのか、童子には理解出来なかった。 そもそも、母の言う「普通」というものが分からない。 童子は生まれた時から妖(あやかし)が見えていたし、父と同じくそれらを祓うことが出来たのだ。 それも「普通」ではないとするなら、童子には理解できない範疇だった。 「ああっ」 やがて母に暗い霧が覆い被さった。 霧は童子から奪い取るように、母を吸い込んで行く。 「よ・し・ま・さ」 母が必死に手を延ばしながら、自分の名前を呼ぶ。 童子はその手を掴もうと踏み出すが、目前で母は消えてしまった。 『思いあがるな。お前は誰も救えはせぬ』 母を飲み込んだ霧から鋭い声が発せられる。 それは母の声のようでもあり、冷酷な男の声のようでもあった。 正体を確かめる間も無く、そこで夢は終わりを告げた 。
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