前編◆情けない男と逞しい女

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『おおお』  禍々しい叫びと共に、再びスローンデーモンの口の辺りに魔法陣が展開される。 「今度は何だ」 「あれは……」  俺はすかさず、スローンデーモンの魔法を先読みする。 「闇……“クリプト”だ!」  中級闇魔法“クリプト”、液状の魔法で、触れた物を腐敗させる強力な魔法だ。  闇と光の魔法は特殊なため、基本全ての属性の魔法を使える俺でも、発動させることは出来ない。 「陰険な魔法をっ」  降り注ぐ魔の雨を、モナは素早い動きで避けていく。  これは、鎧を外していることにより普段より動きが軽いから出来る芸当なのかも知れない。  モナの運の良さには呆れる。  が、モナの頭上にどう考えても避けきれない量の液体が落下。  モナに、あの魔法を防ぐ術はない。  というのは、俺の勝手な勘違いだったようだ。 「ハァッ」  モナはその大剣“ガーウェン”を振り、風圧で液体を弾き飛ばす。  細かな液が肌や服に附着し、身体を蝕むがモナは気にも止めず前進。  ついに間合いまで詰め寄る。  スローンデーモンの足元まで辿り着いたモナは、大剣をスローンデーモンの右足に叩き付ける。  硬度なスローンデーモンの肉体を、人間の女が切り裂く。 『がるるぅああ!』  痛みに怒り狂ったスローンデーモンが、今度は口の中に魔法陣を展開、顔を足元に向ける。  口の中に魔法陣があるため、呪文が読み取れないが、大方の予想はつく。 「るああっ!」  スローンデーモンの口腔に目映い光、悪魔の体内で展開された魔法陣だから、“悪魔魔法”だろう。 「くっ、まだか」  モナの顔にも、ようやく焦りが見えてきた。 「よし、終わった!」  即座に、杖を振り魔法を発動。  紡いできた魔法陣は、中型の物が二つ。  二重発動だ。  アグニ程度ではダメージを与えられないため、俺にはこうするしかない。  紡いでいたのは、炎系上級魔法“ヴリトラ”と、風の上級魔法“ツァラフル”。  大気を焦がす灼熱と、巨大な竜巻が同時にスローンデーモンに襲いかかる。  これで、俺の魔力はほとんど無くなった。  普通の人間が、上級魔法を同時に二つも紡ぐことなど、無謀でしかない。  それに、負担が激しいためなるべく使いたくはないのだが、今回はそれしかなかった。 「流石に、効いてくれよ……」  二つの魔法が、スローンデーモンに直撃した。
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