前編◆情けない男と逞しい女

6/9
前へ
/55ページ
次へ
 減るもんじゃないのに、無念。  モナの蹴りをくらい、そのまま仰向けに後ろに倒れる。  反転した俺の視界には、無限に広がる星空が――大きな影によって遮られていた。 「ちょっ、あれは!」  すぐさま起き上がる俺と、上空を見上げるモナ。 「“スローンデーモン”か」  モナが上空の、巨大な翼を持つ悪魔の名を口にした。  山のように大きな体躯に、蝙蝠のような翼、山羊の顔を持つ、上級の悪魔だ。  普通は、こんな所にいる悪魔じゃない。 「なんでこんな所に」 「くっ、フフフ」  俺の横にいる人は何故だか凄く嬉しそうだが、戦うことはしない。  俺とモナの二人は、大陸中でもそれなりに高い位置にいるコンビだと自負しているが、それでもバッタリ出逢ったから戦う、なんて訳にはいかない。  上級悪魔を一匹狩るためには、凄腕の魔術士や剣士が数十人で、最高の装備で挑む物なのだ。  こんな所で戦うなんて、それは自殺と同意語だ。 「よし、マキ、撃ち落とせ」 「おっけぇ~、て馬鹿か!」  ノリつっこみ。  こんな状況でもユーモアを忘れない俺、かっくい~。 「前から馬鹿だとは知っていたが、まさか自分の馬鹿さ加減に嫌気がさして自殺志願するとはな!」 「何を言ってる。 私は強敵と戦えるなら死んでも……間違えた。 あの悪魔、これからどこぞの村を襲撃するかもしれぬ、人々の平和を守るためなら、私の命など惜しくない」  うわああぁ!!  助けて、相棒の頭が壊れてるよ。 「いいか、ここでスローンデーモンを倒したとあれば、その噂を聞いたどこぞの村で隠れていた少女も貴様に惚れるぞ」 「くっ、わかった。 ならモナがその胸を――」  そこまで言って、俺の首筋に冷たい感触が、モナの刃だ。 「もういい、ここで私に確実に殺されるか、スローンデーモンと戦って生き延びるか、どっちかだ」 「横暴だ……」  俺は肩を落としながら、杖で空中に魔法陣を描く。  さらば俺の人生。  いやモナと出逢った時点で、俺の人生は終わっていたのかもしれないな。  魔法陣が完成、すかさず上空のスローンデーモンに向けて発動。  炎系中級魔法、“アグニ”の火柱がスローンデーモン目掛けて疾る。 「こうなったら、何がなになんでも生き延びて、少女からモテモテになってやる」 「フフッ、久しぶりの強敵だ……血が、肉が、細胞が、私の全てが疼くよ」
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

640人が本棚に入れています
本棚に追加