前編◆情けない男と逞しい女

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『るぅおおおお!』  アグニが直撃したスローンデーモンは、大気を震わすうなり声をあげた。  その圧倒的な存在感と魔力に、俺は足がすくんでしまう。  横目で、モナを一瞥すると、あろうことか笑っている。  モナは、戦闘狂だ。  だが、俺ももう完全に腹をくくった。  やるしかない。 「マキ……」 「なんだよ」  せっかく俺が覚悟を決めたのに、無粋なことにモナは俺に話しかけて来やがる。 「鎧、着ていないのだが」  あぁなんだ、そんなことか…… 「ちょ、おい! もう降りて来てるぞ」  俺はモナに叱咤しながら、ゆっくりと近付いてくるスローンデーモンを指差した。 「あの巨体で、生身の私が攻撃を受けたら一撃で死ぬな」 「冷静に言うな馬鹿! お前が死ぬのはかまわんが、お前が死んだら確実に俺も殺されるだろ!」  しかし、それでもモナの表情には余裕が浮かんでいる。 「それも、また一興だな」  ニヤリと笑って、モナは肉体強化系魔法“マキシム”を発動、しなやかなモナの筋肉が、隆起の激しい逞しい物と変化する。  そして、軽々しく大剣“ガーウェン”を構える。 「くそっ、マイサンに誓ったんだよ。 こんな所で死ぬわけにはいかない」  俺は後方で、魔方陣を描き始める。 『るぅおおお!』  スローンデーモンの咆哮、と同時に口の辺りに中型の魔方陣が展開される。  俺は咄嗟に、魔方陣に描かれた呪文を読み取り、その魔法の正体を見極める。 「――ッ、避けろモナぁ!」  俺の叫びを書き消すように、電撃系上級魔法“トール”が発動。  自然界で発する雷同様のエネルギーが、文字通り光速で放たれる。  まさか、上級魔法をあんな一瞬で発動させるなんて……  これは並の技術ではない。 人知を超えた存在、悪魔の智力と魔力がなせる技だ。 「ほぉ、いきなり楽しませてくれるじゃないか!」  電撃系上級魔法が直撃したはずなのに、何故かモナの声が聞こえる。  あぁ、きっと空耳だ。 「あと一歩遅かったら、即死だった。 間一髪、あの馬鹿の声が届いてな、飛び退いて良かったよ」  “トール”が落下し、焼け焦げた地面の、ほんの少し後ろにモナが立っていた。  流石に無傷とはいかず、所々を火傷しているが、あの魔法を食らって、これだけの被害ですんでるのは奇跡と言える。 「次は、私の番だ」
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