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勢いよく居間のドアが開く。
夜になって父が帰ってきた。
『まだ帰ってきてないのか?』
『しーっ。志帆が隣の部屋で寝てるから』
祖母は人差し指を口の前で立てて父に言った。
父は襖を開けて志帆の寝ているのを確認しながらネクタイを緩めた。
『麻美もそろそろ寝ようか、おばあちゃんが本読んであげるよ』
ここからは大人の話がしたいのだろう。祖母はアタシを促して隣の部屋に入る。
志帆の隣に敷いた布団の中で、祖母に本を読んでもらうが、頭に入らない。
寝てしまえば……明日の朝になったら元に戻るような気がして、目をギュッとつぶった。
アタシが寝たと思ったのか、しばらくすると祖母が部屋を出て襖を閉めた。
襖の向こうでは父と祖母が話をしている。
『まさか、あの時の男かい?』
『多分……』
『あの時別れたんじゃなかったのかい?』
『続いてたんだろ……』
父と祖母は母が出ていった理由が分かっているようだった。
『お前、どうするの?』
『離婚するよ』
離婚。
七才のアタシにも分かるその言葉の意味が。
母は二度とここには帰って来ない。
布団の中で声を殺して泣いた。
父や祖母に気付かれないように。
父と祖母の会話に出てきた「あの男」……。
アタシは知っている。
きっとあの時の男だ。
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