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『麻美』
アタシの傍に一台の黒い車が停まり、その助手席の窓から顔を出してそう声を掛けてきたのは母だった。
『ママ……』
アタシは堪えていたものが一気に溢れ出しその場で泣いた。
『ママと一緒に行こう。迎えに来たの……志帆はおばあちゃんの家にいるの?』
そう言って車から降りてきてアタシを抱きしめる母の肩越しに「あの男」が見えた。
やっぱりだ。
やっぱりあの時の男だ。母はこの男と一緒にいるんだ。
子供心にアタシはこの二人に嫌悪感を抱いた。
妹が寂しがって泣いているのに……。
祖母が毎日アタシ達の世話をしているのに……。
父が出張のたびに辛そうな顔をするのに……。
『ママ、麻美だけでも連れて行きたい……』
『行かない……』
『えっ?』
『行かない! 一緒になんて絶対行かない!』
そう言葉を投げつけるとアタシは走って祖母の家に向かった。
思い出したんだ。母が父の出張のたびにアタシと妹を置いて出掛けていたのを……。
夜中に目が覚めると母がいなくて不安だった事を。
アタシは思い出したんだ。
どうして置いて行くの?
ママ何処に行ったの?
夜中に泣き出した志帆を抱いて一緒に泣いた事を……アタシは思い出したんだ。
だから、行かない。
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