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「マキ、聞いて頂戴」
「なに?」
ベッドの上で座ったまま、マキは尋ねた。
「お母さん入院することになったの」
「ここの病院に?」
不安げにマキが尋ねた。
母は小さく頷いた。
「ここの部屋に?」
期待を込めてマキが尋ねた。
だが、母は小さく首を横に振った。
「ここからずっと下の階よ」
「毎日来てくれるんでしょう?」
大きな瞳を潤ませながらマキは尋ねた。
だが、母は首を横に振った。
「手術が必要な大きな病気なの。だから毎日は来れないわ」
小さなマキは、今にも泣き出しそうだった。
「母さんもとっても寂しいの。だけど、仕方ないことなの。分かるわよね?」
マキは小さく頷いた。
「母さんが来なくてもマキが元気か分かるように考えたことがあるの」
母は、小さな紙袋から鉢入りの植物を取り出した。
「これはつるの苗よ。この苗に毎日お水を与えると、つるがドンドン下に伸びて母さんの病室に届くようになるわ。その後も欠かさず水を与えれば、先端に綺麗な花を咲かせるの。それを見れば、マキが元気だってことが分かって母さん頑張れるの。ねぇ、マキ。このつるに花を咲かしてくれないかしら?マキなら出来るよね?」
マキは、頷いた。
「いい子ね、だから泣かないで。」
「うん」
マキは、既に溢れかけていた涙を拭った。
「うん、それじゃあこの鉢はここに置くわね」
そう言って窓の外、小さな吊し棚に鉢を載せた。
「それじゃあ母さん行くから、ちゃんと花を咲かせるのよ」
マキは大きく頷くと、バイバイと手を振った。
母はにっこりと微笑みながら病室を後にした。
マキは一人病室に残された。
翌日からマキは苗に水を与えた。不思議なことに水を与えたそばから苗のつるは伸びていった。
「まだかな?まだかな?」
退屈な入院生活で、一つだけ楽しみが出来た。
マキの頭の中には、咲いた花を見た母の笑顔が思い浮かんでいた。
母は待った。何日も。朝から晩まで窓の上を見つめ続けた。
「ちゃんと水を与えているかな?」
母は一人ごとのようにつぶやいた。
やがて、窓枠の端から緑の点が現れた。
その点はやがて一本の細い線になり、真っ直ぐに下へと垂れてきた。
母は安心した。
(ちゃんと水を与えてくれているんだ)
自然と頬が緩んだ。
毎日欠かさず水を与えるマキの姿が頭に浮かんだ。
「頑張って治さないと」
母は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
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