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マキは毎日水を与えた。雨の日でも看護士の言葉を無視して、小さなコップに入れたその水を与えた。
つるは、下に伸びていった。
数週間後、母は目を疑った。
開け放した窓から一本のつるが病室に入ってきていた。
その後もつるは成長を続けたが、母の枕元近くまで達するとピタリと成長を止めた。
母は待った。胸が高鳴るのを感じた。
先端はやがて丸くなり、小さなつぼみをつけた。
母は起きてそのつぼみに触れたかった。だが、つぼみは手の届く範囲より僅かに遠いところにあった。
母は頑張った。もっと近くでそのつぼみを見るために。
つらい治療にも耐えた。そのつぼみに少しでも届くならと。
数週間後、最後の治療が始まった。それはそれまでにないほどつらいものだった。
「マキ…マキ…」
母はつぼみを見ながらつぶやいた。まるでそのつぼみが自分の娘のように。
つぼみは、その声に答えるかのように固いその実をゆっくりと綻ばせた。
鮮やかな黄色の花が咲いた。
仄かな甘い匂いが漂った。
母はその花に手を伸ばした。だが、やはり届かなかった。
母はその花を見ながら薬剤投与に耐えた。
どんなにつらくても音を上げたりしなかった。
そばに、マキがいるような気がしていたから。
数日して、治療は終わった。
看護士の誰もが驚きを隠せなかった。
誰もが死を予感していた。
母は嬉しかった。すぐさま上の階に向かった。娘マキとの約束を果たすために。
エレベーターは待っていられなかった。だから多少つらかったが、階段を使った。
「マキ…今行くよ、お母さん治ったよ、マキのおかげだよ…」
口の中で繰り返しながら階段を上った。
最後の段に足がついた。
母は汗だくだった。まだそれほどの距離を歩く体力はなかった。だが、母にとってそんなことはどうでも良かった。
「マキ…マキ…」
呟きながら病室の扉を開けた。
その窓側のベッドの上には、病院に禁忌の鉢に水を与え続けた小さな女の子、マキの姿はなかった。
代わりに見知らぬ女性がベッドに座って外を眺めていた。
「あなたは…マキちゃんのお母さん?」
女性は言った。
母は頷いた。
「本当に?元気になって良かったわ」
女性は嬉しそうに言った。
「私はあの子に頼まれたの。自分の代わりに水を与えてくれって。もう自分にはそんな力がないからって」
何か冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
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