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「そういえば、君の名前は?」
すっかり平常の雰囲気に戻った室内で、星垂は穏やかに尋ねた。
「え?」
「聞いてなかったから」
遠慮がちに微笑む星垂を一瞥して、僕は目線を落とした。
真綿色の花が萎れている。
「……無いんだ」
「忘れたの」
星垂の問いかけに無言で首を振り、僕は続けた。
「元々、無い。名前を呼ばれることなんて、無かったし」
「じゃぁ、君の帰る場所は」
その問いにも首を振るしかなかった。
僕には帰る場所も迎えてくれる手も無い。
途端に星垂の瞳が昏くなった。
「そう」
伏し目がちにそう答えると、ゆっくり僕の傍に寄った。
そして、僕の両手をとって、
「ねぇ、それじゃ」
と、じっと見つめてきた。
碧い瞳の宝石に、戸惑う僕の顔が映る。
「僕と一緒に花守をしないか」
「君と……ここで?」
「うん」
思いがけない申し出に、僕は瞬きを繰り返した。
呆気に取られた僕を見て、星垂は照れ臭そうに笑った。
真っ白な頬が淡い朱色に染まる。
「僕も、ずっと独りだったんだ」
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