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高校二年の夏だった。
長い夏休みの真ん中に、浮かれ防止とでも言うかのように点々と配置された登校日。その最後の一日を終えた私は、現在帰宅途中にあった。
極限までためた熱を一気に放つアスファルトが、視界の先に透明の湯気を上げている。その光景に飽きた私は、青すぎる空を見上げながらこれ以上ないくらいゆっくりと歩く。
このまま逃避行でもしてしまおうか。
見慣れた道を一つ外れれば、どこか違う場所に行けるだろうか……。
実行に移す勇気もないくせに、憂鬱な気持ちは勝手な妄想を繰り広げてゆく。
課題を提出したことで軽くなった鞄。手のひらで温まった革の感触が嫌で何度となく持ち替える。そのたびにネジが立てる金属音を聞いた。
「帰りたくないなぁ」
呟いた声が思った以上に大きかったが、気にとめる人などどこにもいない。反射的に辺りを見回すが、建ち並ぶ家々の雨戸はピタリと閉められ家主の留守を教えている。
どこの家も、お盆に向けて田舎に帰っているのだろう。
勿論うちも例外ではない。私が学校から帰ると同時に、田舎の祖父の家に出発することになっていた。
それが嫌だからこうしてぐずぐずと道草くっているのだ。
「帰りたくないな」
もう一度呟いた声は、今度は弱々しい響きでうだるような夏の空に消えてゆく。
大きな入道雲が私の気持ちなんてお構いなしに、もくもくと機嫌良く膨らんでいた。
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