prolog

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  嫌だと喚いたところで道は進むし、時は動く。家に着くと案の定家族の小言が待っていた。   「早く帰ってきなさいってあれほど言っておいたでしょう?船の時間もあるんだから困らせないでちょうだい」   「おせーよ姉ちゃん!」   玄関の戸を開けるなりこれだ。縁の広い帽子を被った母に、虫取り網装備の弟が出てきた時には思わず苦笑した。   二人共楽しみにしていたんだなぁ……。   その脳内さらけ出しまくりの二人に急かされて、セーラー服のままUターンさせられた。もう着替えてる時間がないからと旅行鞄に持ち替えさせられる。   「ねぇ……ゲームは?」   車庫に向かいながら口を尖らせると、母が驚いたように振り返った。   「馬鹿なこと言わないで!自然がいっぱいで遊ぶとこ満載じゃないの。田舎に行ってまでゲーム機とにらめっこなんて許しません!」     普通は旦那の実家に行くことが嫁の苦痛なのではなかろうか。その点に関してうちは普通じゃなかった。田舎好きの都会人である母親は、毎年この時期を心待ちにしている。カレンダーの印が近づくとご機嫌ゲージが上がってゆくのだ。   弟は弟で年の近い従兄弟と遊べるのを楽しみにしている。普段出来ない虫取りや川遊びに精を出す気満々のようだ。旅行鞄から釣り竿が突き出ている。 無口な父も、自分の故郷に帰れることが嬉しいに決まっていて。     ――つまりは私の味方なんて誰もいないのだ。     蒸された車に飛び乗って、名残惜しげに家を振り返る。誰もいなくなった家が寂しげで、なんだか切なくなってくる。   すぐに帰ってくるからね。   マックスにしたクーラー音と、それに負けじとお喋りに華を咲かせる家族の声を遠くに聞きながら、私は心の中で呟いた。     走り出した車は間違うことなく祖父母の家を目指すだろう。気紛れで帰ったり、適当に寄り道なんてすることなく。 曇った車窓の外は、めまぐるしい勢いで景色が移ろいでいった。   また夏休みが始まってしまう。   私は家族の熱気でなかなか冷えきらない車の中で、一人そっと溜め息をついた。    
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