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古文でしか耳にしないような言葉。なんて偉そうなんだろう。……おかげで古文の宿題がまた出されたことを思い出したじゃない。
「ほら、餌あげるからそこどきなさいよ」
曇りガラスがついた引き戸をガラガラと開ける。木と木の擦れ合う音がして、戸は滑らかに滑った。
急に鼻を突く潮風の香りと、生温い夏の匂い。蝉の耳をつんざくような鳴き声が、外に向かうのを躊躇わせた。
足を踏み出そうとして気がつく。ミヨがまだ戸口から動こうとしないのだ。危うく踏みかけたというのに素知らぬ顔。
「……可愛くない」
そのふてぶてしさに私は眉根を寄せた。人間様を怖がらないたぁどういう了見だ。
ミヨの上に掲げた足裏を見て、黒ブチ猫は仕方がないといいたげにゆっくりと外に出た。
なんなんだあの態度はっ!
私は元々動物の扱いに慣れていない。都会の家は、動物を飼える環境じゃなかったから。幼い頃は人並みに野良犬とか拾っては、飼いたいと駄々をこねたものだったが……今となっては興味さえなくしていた。
だから餌をあげるという作業も、これといって楽しいとは思えない。
「ほら、食べなさいよ」
面倒くさそうに煮干しをミヨの鼻面に突きつける。
「ナー」
すましたような声で鳴くと、ミヨは偉そうな態度でそれをくわえた。甘やかして育てるからこうなるのだ。
「全く……あんたがばあちゃんの生まれ変わりなわけないのに」
袋にあった煮干しをパラパラと地面にばらまく。ゆっくりと二三匹だけついばむと、ミヨは毛づくろいを始めた。もういらないということだろうか。
全く贅沢な奴だ。
私はばらまいた煮干しを放置して立ち上がると、さっさとミヨから背を向けた。もう役目は終わったんだから自由にしていい筈だ。
潮の香りがきつくて、いつも二三日は慣れない。よくゴム跳びをして遊んだ広間や、駆けっこした波打ち際を通り過ぎる。
ミキもカオリも島に帰る気はないようだ。確かに都会の楽しさを知ったら、もう帰る気もなくすだろう。この島には何にもないのだから。
コンビニもカラオケもゲームセンターもない。おまけに携帯圏外だし、道は踏み固められただけの土。子供達の屋内での遊び場は公民館だなんて聞いたこともない。
あるのは手付かずの自然と海の色だけ。ここに来る前よりずっと広い空だけが、都会に勝る唯一だった。
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