第一章

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  「いったい誰にやれって言われたの? イジメにあってるなら相談に乗るけど」  気持ちはありがたいが、出来れば今日のこの事を胸に秘めてそっと立ち去ってほしいというのが僕の願いだね。  果たして叶うだろうか。 「最近よくどこかに行ってるなと思ってたのよ」 「常に一箇所にとどまる人間なんてなかなかいない」 「でも行動パターンってあるでしょ」 「アンタは僕の行動パターンを把握してるって?」 「最近まではね。見失いかけたけど、今改めて把握」  いったい何がしたいんだか。  そうやってクラスメートを監視するのが委員長の仕事なのか? 「半分はね」  委員長は苦笑する。 「監視ではないけど」 「観察か?」 「違うわ。それより、それ猫? なんで拭いてるの?」  ここに至るまでの経緯を聞いてるのなら、ひどく面倒なので説明は割愛させていただきたいが、理由だけを聞いてるなら答えは簡単だ。 「汚れているから」  泥まみれだった猫は、乾いた泥まみれになっていた。 「へえ、優しいのね」 「皮肉なら弁論大会で披露してくれ」 「本当にそう思うわ。変わってるけど」  しかし、その優しさは僕のものじゃなく野良子のものだ。  ついでに変わってるという部分も野良子にあげよう。 「手伝いましょうか?」 「結構です」 「雑巾持ってくるわ」  委員長が身を翻すと同時に、バケツに水を汲んできた野良子がぱしゃぱしゃと零しながら戻ってきた。  水が入ったバケツを持つときはゆっくり運びなさい。スカートが濡れてるぞ。 「だれ?」  委員長が振り返る。 「野良猫じゃないか」 「ずいぶんと可愛いらしい」  野良子はバケツの取っ手を両手で握りながら、おどおどした様子で壁際に寄る。  それこそ、知らない人間に出くわした猫のように。 「こんにちは」  さすが委員長。  人見知りなど一切なく、甘ったるい笑顔で怯えさせないよう挨拶をした。  対して野良子は、一種びくりと反応してまた水を減らしてから、怖ず怖ずと頭を下げた。 「は、はじめまして」  おい、僕の時とは随分違う反応じゃないか。 「この子と一緒だったのね?」  委員長が僕に訊ねる。笑顔が妙に恐ろしい。 「まあね」 「妹さん?」 「違うって」  野良子はこちらに来たそうにしているが、どうも委員長が間にいるためこれないらしい。  
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