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「あまり面白い話じゃないんだが」
「求めてないからどうぞ」
「そうか。実はな、俺、あまり友達がいないんだ」
“実は”も何も、さもありなんって感じだけれど。
「でも、それでも一人、親友って呼べる奴がいたんだ」
「おめでとう」
「どういう意味だ」
「すまん。続けてくれ」
雑巾をしぼると、コーヒー牛乳みたいな泥水がバケツに貯まった。
三毛猫もこれ以上拭いてやったら毛が落ちて二毛猫になってしまいそうだ。
「あとは自然乾燥だな」
ようやく猫たちは解放されて、さっそく水溜まりを飛び越え壁際に寄り添う。
「――ここの猫たちを見つけたのはそいつとなんだ」
「新入りとしては一度挨拶したいところだが」
「それはもう難しいかもな」
僕は継ぐ言葉を見失う。
それは、決していい意味ではないはずだ。そしてそこに含まれる最悪のケースが僕の口を重くする。
しかし、野良子はこちらを向いてそれを否定した。
「“そういう意味”じゃないからな」
「安心した」
「近いけどな。入院してる。お前が卒業する頃までに退院出来るかさえわからないってさ」
今はまだ春だ。
僕が卒業するまで一年近くある。
最悪から二番目くらいのケースだろうか。
「お前が留年すれば別だけど」
「しないって」
「そうか。いやでも、留年したとしても会えるかわからないんだ」
「……」
「事故だったんだ。入学して間もない頃だ。あ、今もまだそんなに経ってないけどさ」
そういえば、そんなこともあったな。
一ヶ月くらい前か、事故があったって。
あれは委員長の妹さんだったのか。
気丈な人だから気づかなかったよ。
「こいつらにあげてる餌って……」
「アイツのロッカーに猫缶が入ってるんだ。ちゃんと金は置いてきてる」
「律義だな」
「口煩い奴でな」
猫缶という言葉に、一瞬壁際の猫たちの耳がぴくりと動いた気がした。
「何で委員長にあんなにびくついてたんだ」
「堂々とは会えないだろ」
「何で。アンタが悪いわけじゃないだろ」
「そうだけど……今更慰めあえるような関係でもない」
どうも見解が違うようだな。
普通に挨拶ぐらいはするべきなんじゃないのだろうか、親友の姉ならなおさら。
「向こうも気を遣うかもしれないし」
「そいつは殊勝な心掛けだな」
しかしまあ、確かに面白い話ではなかったな。
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