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背後に川嶋の気配を感じながら、硅は視線の先にある壁を睨みつける。
映画などでそのシーンを見るたび、やってみたいと思っていた。が、現実は厳しく、中学生の頃何度練習してみてもできなかった。
だが、きっと今なら。
振り下ろされた剣をかわし、大きく息を吸って硅は速度を上げた。
「お……遅い遅い! そんなんじゃ捕まえられないよ! ほら、こっちこっち!!」
真っ赤な顔で慣れない挑発をし、壁に向かって一直線に走る。
徐々に川嶋の足音が近付いてくる。
迫る白い壁。
勢いを殺さず足をつき、硅はそのまま壁を駆け上がった。空中で一回転し、川嶋の背後に降り立つ。
とっさに川嶋は振り返るが――。
「ごめん」
小さく言って、硅は剣を引き抜いた。
次の瞬間には深紅の花弁が舞っている。
川嶋はその場に倒れ、やがて静かに消えていった。消えゆく刹那、硅は彼の横顔を見た。穏やかな寝顔だった。
「すごい。やればできるものなんだな。……こんな、僕でも」
ガランとしたフロアに一人取り残された硅は、息を整えつつ壁を見上げて呟いた。
天井近くの観覧席は、いつの間にか空っぽになっていた。
「あんなに沢山いたのに。どこ行っちゃったんだろ」
キョロキョロと辺りを見回しながら出入り口を探して歩く。とにかく三人と合流しなければ。
「あれ……」
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