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◆
「ふぁ~…」
学校の帰り道、明日菜は歩きながら欠伸をこぼしていた。
(昨日あんまし寝れなかったもんなぁ…)
ごしごしと瞼を擦り、霞んだ視界で前を見る。
(…そうだ、買い物して帰んなきゃ)
はっと思い出して、彼女は近くのスーパーへと足を運んだ。
その途中で…
「あ、陽向じゃん」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのは少年だった。
…襟に赤いラインの入ったカッターシャツを赤いネクタイで緩く締め、黒のブレザーを着ている。
自分と同じ学校の男子用の制服だ。
「えっと…」
誰だっけ。
目の前の人物を思いだそうと、必死で頭を回転させる。だが覚えがなく、明日菜はえっと…を繰り返していた。
「あはは、知らないのも無理ねぇか。話したことないしな」
「へ…」
少年は歯を出して笑うと、明日菜に優しく微笑みを向ける。
「俺、穂積多壱(ホヅミタイチ)って言うんだ。お前と同じクラス」
「穂積くん…」
多壱は自分の名を呟く明日菜に歩み寄ると、
「今帰り?」
穏やかな表情で問いかけた。明日菜は頷いて、
「ん…帰りだけど、買い物しなきゃなんないんだ」
「偉いな。手伝いか?」
その質問に明日菜は一度目を見開いて、それから俯く。
「…そんな感じ」
「…」
多壱はそんな明日菜の様子を観察するかのように眺め、
「そっか。頑張れ」
また穏やかな顔でぽんぽんと明日菜の頭に手を乗せた。それから優しく撫でる。
「!」
その行動に明日菜は一度びくっ、と肩を震わせ、多壱を見上げた。
「あ、ごめん…」
多壱がすぐに手を離すと、明日菜はにこっと笑って、
「や、ちょっとびっくりしただけ。だいじょーぶ」
そう言って無邪気に微笑む。多壱は一度目を伏せ、また目の前の少女を見据えると、
「…あんま無茶すんなよ」
「えっ?」
小さく呟いて、明日菜が聞き取れなかったのか不思議そうな顔をした。
「じゃあ、またな」
手を振ると、彼女もうん、と言って振り返す。
その笑顔が痛々しかった。
哀れだと思った。
「…俺には酷だよ」
独りきりの帰り道で、多壱は空を見上げながらぽつりとそんな事を呟く。
彼に与えられた仕事は、陽向明日菜の監視と護衛。そして新しく入ったのがー…
「接触、しましたよ設楽さん」
ファーストコンタクトは完了した。
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