序章 月影深澄

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「あら、おはよう深澄ちゃん」 広いキッチンとリビングを兼ねたその部屋に、女性が立っている。 「おはようございます、先生」 私はコップにお茶を注いでいる女性に頭を下げて、テーブルを囲む椅子のひとつに座った。 「朝はパンね。そこにおいてあるから」 そう言って女性は微笑み、またお茶を注ぐ。 この女性は綾子(アヤコ)さん。ここに暮らす子供達の面倒を見てくれている先生だ。 優しく、穏やかな中年の女性で、私達にとっては母親的存在だったりする。 「いただきます」 私は手を合わせて、皿に置いてあるパンのひとつに手を伸ばす。 「深澄お姉ちゃん、おはよ」 「おはよ、ハヤト」 中学一年の男の子…ハヤトが微笑んで、私も挨拶を返す。 ハヤトはおとなしい男の子で、私にも姉のように接してくれる子だ。 「おはよー、せんせー」 段々とテーブルに子供達が集まってきて、それぞれに食事を取り始めた。 私は二個目のパンを口に加え、テーブルに置かれたデジタルの時計を見る。 …午前8時2分。 そろそろ行くか。 私はパンを加えたまま、立ち上がって鞄を取る。 「じゃあ行ってくる」 靴を履こうと廊下へ向かった時、「待って、深澄ちゃん」 先生が駆け寄ってきて、 「スカーフが変よ。今日から高校生なんだからちゃんとしなきゃ」 「あ、すみません」 先生が真新しい赤のスカーフを整えて、ついでに襟も綺麗に直してくれた。 …なんだか温かい、穏やかな気持ちになる。 「はい、できた。…じゃあ気をつけていってらっしゃい」 「…いってきます!」 私は先生に微笑んで、廊下を走っていった。 …いってきます。 月影深澄、15歳。 今日から私立峰葉学園の高等部一年生だ。
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