第5章 健気さと儚さ

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「え…?」 驚いて、彼の顔を凝視する。 不機嫌そうに無表情で、無言。 えーっと。 …なんか、押し倒されてる。 「っ…」 彼が私の肩に手を置いて、体重を乗せているせいかギリギリと痛む。 「なにすんのよ」 睨むけど、彼は何も言わない。黙ったままで、肩に力を入れてくる。 「いっ…」 呻きを上げると、やっと彼が口を開いた。 「痛いですか?」 「…痛いに決まってんでしょ!ていうか何でこんなことっ…」 両手で皆守くんの手を剥がそうともがくけど、びくともしない。 「あんまり可愛いので、イタズラしたくなりました」 「は…」 つっ、と左手が頬を撫であげてくる。それからその手が抵抗を続ける私の右手に伸び、 「意地を張って、僕に強気に出るのは結構ですけどね。…痛い目見ますよ」 「…ぅ」 どうやら彼を、怒らせてしまったみたいだ。 ギリッと右手首を握られ、骨が軋む。薄目を開けて見上げた皆守くんの顔が、別人みたいだった。 「離して…っ」 「どうしようかな」 おどけているけど、浮かべているのは妖艶な微笑。 カッターシャツから覗く鎖骨がやけに色っぽい。 「…じゃあ」 やっと手首を離してくれて、その手で私のブラウスのボタンを外す。 「やめて…!」 急いで皆守くんをやめさせようとじたばた暴れるけど、手は止まらない。 「変なことはしませんから、ちょっと血下さい」 「へ…」 そう言ってジーンズのポケットから出したのは小さなカッター。 「肩、いいですか」 「いや…」 今の皆守くんが持つと光を放つそれは凶器らしくて、背筋が凍りつく。 「怖い?」 妖しく笑って、私に顔を近付ける。こくこくと頷くと、一瞬皆守くんは無表情になり、いきなり首もとに顔をうずめてきた。 「う」 肌に口付けられ、私は身を捩った。柔らかい彼の唇が首筋を伝う。 熱い吐息がかかるせいか段々と私の呼吸も上がって、体が熱くなっていく。 「ふ…」 すると、ぬるりとしたものが肌を撫ではじめた。それが舌だと気付くのに幾秒もかからず、私は恥ずかしくなって彼の胸板を押し返した。
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