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その時。かすかに金属を引っ掻く音がした。歯が痛くなるような音。
「あ、ウチの“お嬢様”が帰ってきた」
それに、リカルドはシオンの横を通り玄関を開ける。
「ほい“お嬢様”おかえり」
みぃあ、と小さく鳴いて、堂々と黒いそれは入ってきた。リカルドはその頭を撫でようとするが、爪の一閃で拒否される。
それを見ながらシオンは憮然と、
「なんだ、その貴様みたく小汚いのは」
「余計な装飾しないでください。見ての通り、猫っすよ。可愛いっしょ? 飼ってるんです。嫌いっすか?」
「いや、嫌いではない。来い」
「あ、やめたほうがいいっすよ。そいつ俺にもなつかない……」
そうリカルドが言いかけると、その猫はシオンの差し出した手をチロチロと舐めた。
「あ。なついてる」
「当然だ。私の気品を感じとったのだからな」
「まじっすか」
するとシオンは黒いその猫を抱え上げる。毛並みが短い、黒い猫。シオンが持つと、魔女の使いのようにも見える。しかしそのくりくりした瞳はとてもあどけなかった。
(まぁ、いいか)
仲良くなったのなら、それでいいと納得し、リカルドはふと時計を見る。
丁寧に折りたたまれた布団の上に置かれた目覚まし時計はもうお昼を指していて。
リカルドは小さなテレビを付ける。
「姐さん、俺いまから飯食うんすけど、姐さんも食いますか?」
「だからお嬢様と呼べと言っただろう」
「だから嫌と言ったすよ。で、どうするんすか?」
するとシオンは猫を撫でながら顔を背け、
「……いただく」
口を尖らせて、そう言った。
「わかりました。じゃあ、座って待っててください」
そしてリカルドは台所へ向かう。向かうといっても、一間しかないこの部屋では、数歩しかないが。
それでもシオンに背を向けて、リカルドは小さく笑ってしまう。
(あの恥ずかしそうな顔……結局、腹は減ってんのな)
リカルドは笑みを浮かべながら、ガスコンロに火を付けた。
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