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女童は、天を仰いでいた。
その頭に、小さな何かを乗せていた。影になっていて良く見えなかったが、それは、人間の頭蓋に見えた。
袁晋卿は、良く見ようと、一歩前に出た。
すると、相手が気配を察知したかのように、くるりと、顔を向けた。
「――ぁっ」
無意識に、体を建物の死角に潜ませた。
何を隠れる必要がある。そう自分に言い聞かせ、次に覗くと、目を疑った。
「あの娘、どこへいったのだ」
駆けるようにして、女童のいた場所に立つ。海へ落ちたか、と思ったが、鏡のような水面に映るのは、自分の顔だけだ。女童はどこにもいない。
「それは、私のことか」
不意に背後から声をかけられ、袁晋卿は飛び上がった。
「わ、わ、わっ」
足がふらついて、海面に倒れそうになる。それよりも素早く、袁晋卿は手を取られ、安全なところまで離れた。
「あ、ありがとう」
心がどきどきしたまま礼を言った。その時に、袁晋卿は女の顔を見て、感嘆の声を上げた。
童とは思えないほど美しかった。美しさに年齢は関係の無いものだと、袁晋卿は初めて知った。
目の前に立っている女は、それほど輝いて、愛らしい姿だった。
うつむき加減の顔は、まさに陶器を思わせるひんやりと取り澄ました表情。濁りのない澄んだ水のような瞳は、妖しく、なぜかぞっとする。
地にまでつきそうな漆黒の髪は、人の心を吸い込みそうであった。
袁晋卿は、言葉を忘れて、じっと見つめた。
「あまり見るな」
女が、ぷいっと横を向いた。「恥ずかしいではないか」
「す、すいませんっ」
我に返った袁晋卿は目線をそらした。自分の顔がやや上気していることが嫌でもわかる。
「名は」袁晋卿が訊ねた。
女が、桃色の小さな唇を開けた瞬間、
「何をしているんだ」
突然聞こえた、初老の声。
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