8人が本棚に入れています
本棚に追加
「真備、さま」
後ろにいる女童を隠すようにして、真備と向き合う。
こんな場所で、しかも夜に、女と一緒のところを見つかれば変な誤解を生むに違いない、袁晋卿は焦った。
「どうしたんだ」
「なんでもないですよ」
「今、何を隠したのだ」
真備の言葉に、袁晋卿の心臓は早鐘を打った。
「何を言っているんです」
「だって、後ろ、毛が見えているぞ」
袁晋卿は、思わず、首をひねって自分の背を見た。女の髪の毛が隠しきれていなかった。その瞬間に、真備は、背後に回り込んだ。
真備が、女と袁晋卿の顔を交互に見た。「はっはーん。袁、おまえもすみにおけないねえ」
「誤解をしないでください。僕はただ――」
「名はなんと言います」
真備が、女と向き合った。
「私は吉備真備。日本の貴族です」
「名は、若藻。玄宗皇帝の家臣、司馬元修の娘である」
女童とは思えない強気な態度で答えた。さきほど見せた恥ずかしがった顔とは、また別の顔であった。
「では、この船が何かご存じかな。わたしが思うところ、若藻は許可なしで乗り込んだ、と推測されるよ」
「日本へ向かう遣唐使船、だと聞いているが」
「なら、日本へ何用でしょう」
「見物、とでも言っておこう」
若藻が言うと、二人の間に沈黙ができた。袁晋卿はどうしたら良いのかわからず、二人の様子を見ていた。真備は何か考えていた。
「ふう」
真備が頭をかきながら言った。
「ま、こんな尋問みたいなことしても仕方ないか。どうせもう、日本の海域、玄界灘に入ったことだし」
女が海に投げ出されるのではないかと、心配をしていた袁晋卿はほっとした。
「しかし、あなたは、密航をしている身。日本へ着くまで目立たないようしてもらいたい」
真備が告げると、若藻は女は頭を下げて、礼を言った。
「では、若藻の監視役として、あとは頼んだよ」
と袁晋卿の肩を叩いた。
ええっ、なんで僕がっ、と初めは、拒否しようかと思ったが、良く考えると、この女性と少しでもそばにいられるのだと思って、
「わかりました」
袁晋卿は了承した。
それは、小さな下心であった。
「よろしく頼む」
「こちらこそ」
二人は手を握り合った。
最初のコメントを投稿しよう!