遣唐使船 1―2

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 若藻と袁晋卿が会っているのは、夜の間だけだった。船の上が静かになって袁晋卿が甲板へ出ると、船首に若藻がいるのだ。 二人は、日に一度だけ並んで座り、話をしていた。 「若藻は、昼の間、どこにいるの」 「誰にも見つからない場所だ」 「食事は」 「自分があらかじめ用意しておいた分だけを食べている」 「ちゃんと、足りてるの」  袁晋卿は心配そうに訊ねた。初めて見たときより、やわらかそうな頬はこけていて、青白く見えた。  若藻は、しばらく黙って、「大丈夫だ」と答えた。  その時、くぅ、と弱った犬の鳴き声に似たものが聞こえた。若藻が恥ずかしそうに下を向いた。 「もしかして、あまり食べてないとか」  黙って、若藻は頷いた。 「少し待ってて」  袁晋卿は立ち上がって、若藻の前から姿を消した。次に現れると、両手に握り飯が二つあった。遣唐使船で渡される食事であった。 「実は、食事はどうしているのか気になっていて、残していたんだ。良かったら、どうぞ」袁晋卿は惜しげもなく渡した。  素直に受け取った若藻は、小さな口に少しずつ運んだ。青白かった肌が、また、ふっくらと輝きを取り戻していく。 「感謝する。そして、恩には恩で返すぞ」  その言葉に、袁晋卿は首を横にふるが、 「そういうわけにはいかぬ。我が一族は、義理深い生き物なのだからな」  と若藻に言われ、袁晋卿は頷くしかなかった。だが、あまり高望みをしていないことを察した若藻は、こう提案した。 「では、一晩ずつ、面白い話を一つだけ聞かせてやろう」 「本当かい。ぜひお願いするよ」
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