島 1―2

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「お、おまえ、まさか――」 真備が目を丸くし、驚いた声で、 「古麻呂(コマロ)、か」   その一言に、相手は刀を下げ、 「そういうおめぇは、吉備真備」  真備と、男は口を大きく開けて笑った。 「おまえたち、大丈夫だ。こいつは賊なんかの類じゃない。遣唐使の副使だ」 「けん、とうし」 袁晋卿が声を震わせた。とても信じられなかった。 「おう。おれさまの名は、大伴古麻呂。日本の貴族で、遣唐使の副使を任命された者だ」  にやりと笑みを浮かべた。  容姿は野蛮そうに見えるが、真備の知り合いだと聞くと、袁晋卿は、とりあえず名を言った。 「まさか古麻呂も、嵐にやられて、この島にたどりついたってことか」 「ま、正解ってとこだな」 古麻呂が得意そうに笑った。 「だが、もう一人いるんだ」  古麻呂が後ろへ向いて、もう大丈夫だ、と叫ぶ。 すると、奥から、一つの影が、ゆっくりとした足取りで出てきた。 「どうやら、危険な人物じゃなかったようだね」  灯籠の火に照らされながら現れたのは、六十歳を超えたと思われる僧の男だった。背は低く、肉付きがいい。右手には杖を持ち、左手は手探りをしていた。 「あの、もしかして、目が」 「ま、盲目ってやつかね」 老人は、あまり気にしていないような口ぶりで答えた。 「ついでに、名乗らせてもらうよ。あっしの名は鑑真(ガンジン)。ちょいと名の知れた僧さ」 「えっ」 鑑真の名を聞いて、袁晋卿は驚いて飛び上がった。 「あの、鑑真和上ですか」  鑑真は静かに首を縦に動かした。 「鑑真和上、か」 若藻が独り言のように呟く。「確か、寺で経をあげただけで、魔物が尻尾をまいて逃げ出した、という伝説があるくらいの力を持っている僧、だと聞いたことがある」 「それだけじゃないぜ、お嬢ちゃん」 古麻呂が身を乗り出して、若藻の言葉に付け足した。 「和上は、多くの寺や、仏像を造ったり、貧しい人や病人の救済をするほどの人だ。唐の自慢の一つでもあるな」 「へっへ、まあ、そういうことだ。よろしく頼むよ」
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