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「お、おまえ、まさか――」
真備が目を丸くし、驚いた声で、
「古麻呂、か」
その一言に、相手は刀を下げ、
「そういうおめぇは、吉備真備」
真備と、男は口を大きく開けて笑った。
「おまえたち、大丈夫だ。こいつは賊なんかの類じゃない。遣唐使の副使だ」
「けん、とうし」
袁晋卿が声を震わせた。とても信じられなかった。
「おう。おれさまの名は、大伴古麻呂。日本の貴族で、遣唐使の副使を任命された者だ」
にやりと笑みを浮かべた。
容姿は野蛮そうに見えるが、真備の知り合いだと聞くと、袁晋卿は、とりあえず名を言った。
「まさか古麻呂も、嵐にやられて、この島にたどりついたってことか」
「ま、正解ってとこだな」
古麻呂が得意そうに笑った。
「だが、もう一人いるんだ」
古麻呂が後ろへ向いて、もう大丈夫だ、と叫ぶ。
すると、奥から、一つの影が、ゆっくりとした足取りで出てきた。
「どうやら、危険な人物じゃなかったようだね」
灯籠の火に照らされながら現れたのは、六十歳を超えたと思われる僧の男だった。背は低く、肉付きがいい。右手には杖を持ち、左手は手探りをしていた。
「あの、もしかして、目が」
「ま、盲目ってやつかね」
老人は、あまり気にしていないような口ぶりで答えた。
「ついでに、名乗らせてもらうよ。あっしの名は鑑真。ちょいと名の知れた僧さ」
「えっ」
鑑真の名を聞いて、袁晋卿は驚いて飛び上がった。
「あの、鑑真和上ですか」
鑑真は静かに首を縦に動かした。
「鑑真和上、か」
若藻が独り言のように呟く。「確か、寺で経をあげただけで、魔物が尻尾をまいて逃げ出した、という伝説があるくらいの力を持っている僧、だと聞いたことがある」
「それだけじゃないぜ、お嬢ちゃん」
古麻呂が身を乗り出して、若藻の言葉に付け足した。
「和上は、多くの寺や、仏像を造ったり、貧しい人や病人の救済をするほどの人だ。唐の自慢の一つでもあるな」
「へっへ、まあ、そういうことだ。よろしく頼むよ」
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