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門をくぐると、荒れ果てた庭が目に入り、その先に建物の扉があった。
「それにしても、いきなり斬りかかってくるとは、あまり感心しないぞ」
真備が横目で古麻呂を睨んだ。
「まあ、いいじゃねえか。何事もなくてよ」
反省の色を見せずに古麻呂は笑った。
「それに、何が出るか、わからないからな。用心しないと、なっ」
古麻呂が袁晋卿に同意を求めるように顔を向けた。袁晋卿は、
「ほどほどにね」
と呆れたふうに答えた。
何年も人の手に触れていないと思わせる扉を押した。
軋んだ音が響く。まるで、獲物が来て喜んでいるかのように。
「何も、見えませんね」
建物の中は、まさに常闇であった。どんな構造になっているのか、どれくらいの広さなのか、一切知ることができない。
そんな闇の中へ不用意に飛び込む者はいなかった。
立ち往生と沈黙が続く。
「おおい、だれかいないのか」
古麻呂が、我慢できないといったように叫んだ。
「誰かいるなら、灯りをつけてくれ」
すると、古麻呂の要望に応えたのか、暗闇の中から、ぼっ、ぼっ、と独りでに火が噴いた。
袁晋卿は、急な出来事に、小さく声を漏らした。
黒の闇と不安は溶けるように消え去り、真っ直ぐに伸びた廊下が目に入った。両側へ並ぶ柱には、火を噴いた燭台が、奥の方まで備えられている。
玄関はおろか、左右の壁には、部屋はない。真っ直ぐに進むしか道はなかった。
誰もが言葉を失っていると、天井から一枚の紙が、袁晋卿の手元へ蝶のように舞い降りてきた。
「お待ち、して……えぇっと、おりました。どうぞ、お進みください」
和語で書かれてあるのを、袁晋卿は時間をかけて読み上げた。
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