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「あなたは、だれ」火を持つ者に、男は訊いた。  とても、風変わりな者であった。身丈は低く、童であると思われた。大きな黒い布を、まるで闇と同化しようとするみたいに頭から被っていて、髪、胴体、手、足は一切見えない。 唯一目に入る顔には、人間を騙して嘲笑っている、口元を歪めた狐の白塗り木面を付けていた。糸のように細い目の部分からは、見えない奇妙な光りを感じた。 「あなたは、だれ」  狐面の下から笑ったような声が聞こえた。特徴がなく、男なのか女なのか、わからなかった。 「僕の名前は……」  男は、自分の名前がわからず言葉をつまらせた。すると童が、布の中から一枚の鏡を取りだした。 布の下から持っているので、鏡が浮いているように見えた。  円形の鏡は、心さえ映すように綺麗で、頭一つ分の大きさだ。その中に、男の姿が映っていた。  二十歳前後の若々しい顔を持ち、まっすぐな鼻筋は格調高く品が良い。が、少年にも見え、青年のようにも見えるほどの幼さが残っていた。髪は短く眉にかかる程度で後ろ髪もうなじくらいまでしか伸びていなかった。体は中肉中背で特徴はない。  鏡に映った姿を見て、男は自分の名前を思い出すことができた。 「僕の、名は、袁晋卿(エンシンキョウ)」  安心したように呟く。自分が何者なのか知る喜びを、初めて感じた。 「袁晋卿」童が真似をした。 「唐の国に住む学者、言語学である音韻学を学んでいる。その才を遣唐使に買われ、日本へ行くことになった」  狐面が、睨むように袁晋卿へ向いた。次の瞬間、  ごおおぉぉぉっ、飛びかかる獣のように、突風が袁晋卿を襲った。火は消え、童の姿も闇に消えた。
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