島 1―3

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「きゃっ」 情けない声を漏らしながら腰を抜かす。 「おっと、驚かせてしまったようだ」  袁晋卿は頭上から聞き慣れた声がして、はっとして顔を上げた。瞳に映ったのは、笑いを必死で堪えている若藻であった。 「大丈夫かね、ぷくく、立てるか」 若藻がそっと手をさしのべた。  袁晋卿は、笑われたことに少しむっとして、若藻の手をかりずに立ち上がった。 「それにしても、面白い声を出すものだな。くく、笑いを堪えるのも必死だよ」  袁晋卿は、殴られたような衝撃を心に受け、うなだれた。若藻が笑いを堪えていたのは、間抜けに腰を抜かした姿ではなく、声の出し方であった。 「いいだろ別に」 夕焼けみたいに赤く染まる頬が、隠れるように若藻の視線から逃げる。  恥ずかしい思いをしたが、袁晋卿の心を縛っていた恐怖はすっかり解けていた。顔を合わせないまま小さな声で、来てくれて良かった、と呟いた。 「む、何か言ったか」 「何でもないよ。それより、どうして来たの」 「真備が、付いてやってくれと言ったのだ。この屋敷や島は得体が知れず普通でないからな」  袁晋卿は頷き、この奇怪な道を、どう対処すれば良いか考えた。 「ねえ、若藻、この道のことだけど」  博識で冷静な若藻なら、何か良い行動をとってくれるに違いない。期待に胸を膨らませて、顔を向けた。しかし、向けた視線の先に若藻はいなかった。 「何をしておる。こっちの道を行くぞ」  いつの間にか、若藻は袁晋卿を追い抜いて、右の道を進んでいた。その歩幅は暗闇を恐れてはいない。  置き去りにされた袁晋卿は、慌てて、闇に融ける若藻を追った。 「ねえ、この暗闇、怖くないのかい。このままの状態で歩けるの」  困った表情で袁晋卿は訊ねた。黒に染まりかけている若藻の顔は見えにくい。 「何とかしようと思えば、何とか出来るが」 真っ正面だけを見ていた瞳が、ぎょろりと袁晋卿の方へ向いた。 「これから言うことを守れるか」  その目に、ぞっとした袁晋卿は、言葉を出すのも忘れたまま、首を縦にふった。
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