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空耳だろうか、どこかで、またあの女の笑い声が聞こえた。
やはり、どこか嫌な予感がして、袁晋卿は椀の中へ戻した。結局何も口に入れず、箸を置いた。
その時、膳の下に、何か薄く白いものが挟まっているのに気づいた。手に取ると、文字の書いてある小さな紙だった。
「客間の用意ができております。赤い扉の部屋でゆっくりと朝までお休みください」
「ああ、そうだった。おれたちも、その紙を見たぜ。どうやら、扉の向こうに客間が用意されているらしい」
入り口とは別の扉を指さした。
「ちなみに、おれは青の部屋だ」
特に何も返答することなく、袁晋卿は立ちあがった。静かな場所が欲しかった。静かな所だと、ゆっくりと考えごとができる。
まず、何をするべきなのかを。
食間から出る扉を開けて、奥を覗いた。
幅の広い廊下があった。突き当たりには、両開きの扉。左右の壁には引き戸が見える。
右側の壁には、手前から青、黄色、白、黒、赤と五色の引き戸がある。左側にも戸はあるが、長く延びた壁の真ん中に一つだけだった。
いったい何の部屋だろう、と首を傾げたまま、袁晋卿は指定された赤の間へ入った。
部屋は、客間というより、空き部屋であった。何もない、ただの空間に、茵が一人分敷かれていた。一つしかない燭台の灯りは寂しい。
袁晋卿は、茵の上に倒れた。天井を見上げて、残っていた体力を吐きだすようにため息をついた。
「若藻、どこに行ってしまったんだ。僕たちは、もう逢えないのか」
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