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誰もいない。
が、奇妙なことに気づいた。突き当たりの扉が、押されたように開いているのだ。
それも自然に開いたものではなく、誰かが手で触れたように大きな隙間があった。
袁晋卿は、呆然とその扉を見ていた。奥を覗こうとすると、扉は、まるで拒むように閉じた。
息を潜め、体が自然に扉へ近づいた。一歩一歩、音を出さないように進む。
扉に手が届く所までくると、袁晋卿は、唾を呑んで、さらに深呼吸をした。手のひらを添える。
だが、なかなか押すことができない。扉を開けて、奥を確認するまで、その先を知らないからだ。もしかすると、何か怖いものが飛び出してくるのかもしれない。足がすくんで動かなくなる。
袁晋卿はそっと目を閉じた。
「普照、若藻。僕に勇気を……」
小さな声で呟き、目を開けて、扉を押した。
さあぁぁ、と頬に冷気の塊が流れ当たった。黒い背景に、赤、黄色、青といった様々な点が、砂のように散っている。
袁晋卿は、目を見開いて、「外だ」と声を漏らした。
そこは、星空と海を遠くまで眺めることができる高殿であった。とても広く、見晴らしが良い。心の不安は洗い流され、気持ちが澄んでいった。
月の光に照らされ、周りは良く見える。
袁晋卿は、初めて若藻と出会った時のことを思い出して、知らず知らずのうちに、足が縁へ向かった。
目の前に、ふわりと白いものが立った。目を細めて凝視すると、その姿は、小さな女のようだった。
まさか、と思って袁晋卿は小走りになった。近づくにつれて、だんだんと形がはっきりと見えてくる。心臓の鼓動が早さを増した。
「若藻っ」
瞳に映ったのは、紛れもなく若藻だった。
「無事だったんだね」
若藻は背を向けて、海をまっすぐ見つめていた。袁晋卿が歩み寄ると、ゆっくりと振り返って向き合う。
「心配してたんだよ。もう逢えないかもって一度思ったんだ」
声が嬉しさのあまり少し潤んでいた。
「…………」
「ねえ、聞いてるの。若――うわっ」
突然、若藻が袁晋卿に抱きついた。
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