島 1―5

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 ずぶ濡れの普照を背負って、袁晋卿は建物の中に入り、赤の間の戸を開けようとした。 「おやぁ、誰かいるのかい」  ふと、のんびりとした老人の声が聞こえて、袁晋卿たちは振り向いた。鑑真が廊下の真ん中で立っていた。 「和上。いいところにいましたね」 鑑真と普照が、同じ場所にいる。そのことに気づいた袁晋卿は思わず笑みを漏らした。 「その声は確か、袁晋卿とかいったね」 袁晋卿の声を探るように、鑑真は体を向けた。 「丁度良かった。白の客間に行きたいんだが、見えなくてねぇ。教えてくれると、ありがたいねぇ」 「和上、それどろこじゃないですよ。実は、普照が、ここにいるんですよ」 言葉は嬉しそうに、足取りは軽く、和上に近づいた。  初めは、何のことかわかっていない鑑真だったが、そばに来た袁晋卿の、喜んだ息づかいと、その横で立っている者の気配を感じて、 「普照、そこにいるのが普照なのかい」 と声を震わせた。  手にしていた杖を離して、ふらふらと歩み寄った。そして手を取る。 「おお、この感触、まさしく普照の手だよ」 「あのぅ、和上、それは若藻の手です」袁晋卿が申し訳なさそうに言った。 「……そうなのかい」 悄然とした姿で、若藻から手を離した。 「では、若藻にも会えたようだね」  袁晋卿は、普照の状態と、どのようにして屋敷にやってきたのかを、かいつまんで説明した。  それから、鑑真を、白の部屋に誘導し、用意されていた茵の上に普照を寝かせた。 「本当に、ずいぶんと変わったようだね」  眠っている普照の頬に手を当てて、鑑真は独り言を呟いた。後ろで立っている袁晋卿は、今の鑑真の表情がわからなかった。 喜んでいるのか、それとも普照の変わった姿を知って、悲しんでいるのか。 「悪いけど、少し、二人だけにしてもらえないかね」  振り向かずに鑑真が声を出した。袁晋卿と若藻は顔を見合わせると部屋を出た。
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