島 1―5

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「おれは、茜丸」  会話が通じたことで、袁晋卿から、恐怖心が少しだけ和らぎ、後ろを振り返った。  しかし、生きた人間はどこにもいない。白くぼんやりとした光りが、近くにある棚の横にいた。  それは、まるで煙のようだが、時折、はっきりとした人の形になる。  右目にある一本の縦傷が印象的な男は、からだつきが良く、その服装から見て、若い漁師に思えた。 「なぜ、この島に、入った」 茜丸と名乗った男は、もう一度訊いた。 「海を、さまよって、いると……」 袁晋卿の声はまともに出ることはなかった。 「この島に、いては、いけない」 茜丸が一言ずつちぎるように言った。 「子の刻、までに、にげろ。……鬼哭啾々の吠えとともに、舟幽霊、現る」  それだけを言うと、茜丸は、風に流されたように消えた。  声が出なかった。短い間、ぼうっと立っていた。やっと体が動くようになり、部屋の外へ出ようとした。  戸に手をかけようとして、はっとした。戸は少しだけ開いているのに気づいた。 そして、廊下から何かの気配を、感じた気がした。  袁晋卿はゆっくりと、廊下へ顔を出した。  誰もいない。  怪訝な顔をして部屋から出る。 「この部屋に入った時は、確かに戸を閉じたはずだ。誰かが、覗いていたのか。でも、誰が」  何者かが、通ったのは間違いはなかった。 「袁、そこにいたのか」  聞こえたのは、若藻の声だった。首を向けると、そこには若藻と古麻呂がいた。 「あれ、真備さまは」袁晋卿は首を傾げた。 「それが、真備の姿が見あたらないんだ」
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