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だぁん、まるで猪が戸に体当たりしたような音が、中から聞こえた。
三人の顔が強ばる。もう一度、何かが強く当たった音が響く。
中で何かが起きている。それも、ただ事ではない。
「和上、どうしたのですか」
袁晋卿が叫びながら、戸に手をかけた。
「あ、開かない」
戸は、死んだ貝のように固く閉じていた。
「ついに現れたねっ、へっへ。お前の好き勝手にはさせないよ」
中から聞こえる和上の叫び声が、廊下にまで届いた。
「たかが、僧ごときに何ができる。所詮は贄となる定め」
袁晋卿は、耳を疑った。女の声が中から聞こえたのだ。何故、鑑真が女の人と話しているか、袁晋卿には想像がつかなかった。
「おのれぇ」
鑑真が経を唱え始めた。
「ぬうぅ、小うるさい蠅がっ、自分のための念仏でも唱えるがいい」
女の笑い声が響いた。
「ぐぇ、や、めろ」
鑑真の悲痛な声。
そして絶叫。
「体当たりして戸を壊しましょう」
袁晋卿の提案に、古麻呂は頷いて、戸から一定の距離を取った。
「いくぞ」
古麻呂がかけ声を出して、二人は全力で戸に向かって走り出した。
だが、衝突する瞬間、戸は独りでに横へ滑った。突然の出来事に驚き、転けそうになる。体勢を立て直して、部屋の中を見た。
そこには、目を背けたくなるような闇が広がっていた。
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