島 1―5

9/9
前へ
/111ページ
次へ
 だぁん、まるで猪が戸に体当たりしたような音が、中から聞こえた。 三人の顔が強ばる。もう一度、何かが強く当たった音が響く。  中で何かが起きている。それも、ただ事ではない。 「和上、どうしたのですか」 袁晋卿が叫びながら、戸に手をかけた。 「あ、開かない」  戸は、死んだ貝のように固く閉じていた。 「ついに現れたねっ、へっへ。お前の好き勝手にはさせないよ」 中から聞こえる和上の叫び声が、廊下にまで届いた。 「たかが、僧ごときに何ができる。所詮は贄となる定め」  袁晋卿は、耳を疑った。女の声が中から聞こえたのだ。何故、鑑真が女の人と話しているか、袁晋卿には想像がつかなかった。 「おのれぇ」 鑑真が経を唱え始めた。 「ぬうぅ、小うるさい蠅がっ、自分のための念仏でも唱えるがいい」  女の笑い声が響いた。 「ぐぇ、や、めろ」  鑑真の悲痛な声。  そして絶叫。 「体当たりして戸を壊しましょう」  袁晋卿の提案に、古麻呂は頷いて、戸から一定の距離を取った。 「いくぞ」 古麻呂がかけ声を出して、二人は全力で戸に向かって走り出した。  だが、衝突する瞬間、戸は独りでに横へ滑った。突然の出来事に驚き、転けそうになる。体勢を立て直して、部屋の中を見た。 そこには、目を背けたくなるような闇が広がっていた。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加